(5) チマッティ神父の植民地への嫌悪感

1926年1月28日 香港へ向かう船上
Rinaldi Filippoリナルディ・フィリポ神父、総長へ

日本に向かう一行は、最初の1年間、中国サレジオ管区に属していた。管区長はCanazeiカナゼイ神父であった。師は、一行より2年前に日本の下見に訪れたことがあった。文中にあるとおり、一行は、シンガポールで初めて彼に出会った。

親愛なる私のパパ

(略)シンガポールで、タイ国の視察を終え、帰国途中の親愛なるCanazeiカナゼイ神父が待ってくれていました。皆の喜びをご想像ください。私たちは、何人か人力車、何人か自動車で、ポルトガルのカトリック教会へ案内されました。次は、町中のカトリック教会をも見学させていただきました。皆の親切に対して、感動しました。

必要なものを買って船に戻りましたが、私は、例のとおり、支配者たちの傲慢な態度を見て、言い表しようのない嫌悪感と不愉快さに襲われました。支配者たちは、人民の経済的状態を改善しようとはするにしても、精神的、道徳的な面ではまったく無視しています。私は、自分の傲慢な性格を見せ付けられたかのようでした。原住民たちは、支配者たちの物質的な贅沢を見て、自分たちも同じ状態になろうとして、神から離れてしまいます。(略)

今、ペンを走らせている間、船はサンチャン(上川)島の前を通っています。聖フランシスコ・ザベリオのことが頭に浮かんできます! きっとこの聖人は、微笑みをもって、同じ名の聖フランシスコ〔サレジオ〕を保護者として仰ぐ私たちを歓迎し、将来の活動の上に神のゆたかな祝福を求めておられることでしょう!

私を祝福し、私のためにイエス様から謙遜、仕事の精神、そして、聖フランシスコ・サレジオの愛徳を祈ってください。

あなたの子 V.チマッティ神父



1926年2月2日 上海から
Rinaldi Filippoリナルディ・フィリポ神父、総長へ

香港で中国行きの会員たちと別かれて、最後に上海でサレジオ会員にお世話になった。この手紙に出てくるLo-Pa-Hong氏は、社会福祉に財産を注いだ熱心なカトリック信者であった。

親愛なる私のパパ

(略)12月30日7時30分、マカオへ行く会員たちと修練者の感動的な別れでした。正午、お告げの祈りでマリア様を称えながら、私たちは香港を出ました。(略)

2月2日、途中で日本語を教えてくださった親切な専禄先生に感謝の気持ちを表すため、フランス語の作文を読みあげて小さなパーティーを開き、〔ワインの〕ビン2本を差し上げました。とても喜んでくれて、一人ひとりに拍手してくれました。この方との出合いは無駄ではなかったでしょう。

3日7時、上海に上陸しました。Garelliガレリ神父〔注.当時、上海でサレジオ会学校の校長〕とLo-Pa-Hong氏の息子が、車で私たちをサレジオの学校まで案内してくれました。歓迎の楽器の音と生徒たちの拍手に包まれて、上海の兄弟たちと抱き合いました。疲れも、退屈も、長旅の後の倦怠感も、すべて忘れ去りました。ふたたび、サレジオ会の兄弟たちの間に戻ってきたのでした。お聖堂に行って、イエス様にご挨拶し、扶助者聖母のやさしい微笑みを目にすることができたのです。(略)

上海にて (拡大)

4日午後、パリミッションの事務所を訪れ、門司の宣教師たちに、到着を知らせる電報を打ちました。東京の教皇使節やイタリアの大使館にも通知を出しました。(略)

上海では、経験ある宣教師たちは、私たちが日本に向っていることを聞いて、異口同音に、日本の布教活動はさまざまな面で「大変困難だ…非常に貧しい」と語ってくれて、何かにつけ「すごく、とても、大変等など」といった最上級の形容ばかり出てきました。私は、(困難が多いということで)大きな慰めを心に覚えました。イエス様がその光栄を表すために私たちを日本の庭に派遣してくださるということは、何と大きな慈愛のしるしでしょう。(略)

リナルディ総長様、何百万人もの人が、どれほどの精神的、物質的貧しさの中に住んでいるかをご覧になりましたら! お祈りください、また、皆が祈ってくださるようにおっしゃってください。

V.チマッティ神父