尊者チマッティ神父が生きた「希望」と言う徳

チマッティ神父

 キリスト教的「希望」という徳はこの世の中のものを対象とせず、そのはかなさの自覚から生まれてきます。 「人間的には希望がない」と言う時にも、キリスト教の立場から見れば、希望が失われることはありません。
 聖パウロの教えでは、希望は絶えず神の光に照らされて、神が約束された永遠の栄光を目の前に持ち続けます。 復活されたキリストからくる永遠のいのちを目指しながら、日常の生活の中にキリストの跡を見ることです。
 


  チマッティ神父の希望は英雄的でした

 聖座の列福列聖調査の記録によると、チマッティ神父の希望は英雄的でした。それは、人々と付き合うとき、その絶え間ないおだやかさ、忍耐強さと喜びに現れてきました。
 チマッティ神父は若いときから、明るい性格であり、演劇、歌、冗談などで人々を喜ばせるようにしていました。どこでも、だれに対しても、親しみやすく、 「アイドル」のような存在でした。46歳になって、9人の宣教師の団長として日本へ派遣されました。この時から86歳まで、希望を失わず、忍耐強く、 楽観的にあらゆる試練を乗り越えるようにしました。


  一番恐ろしいのは、辛いことの前の落胆することです

 日本に着いてから国籍が違う宣教師たちをまとめる苦労、歳のゆえに十分に言葉を取得できなくても日本の文化に自分を合わせるように努力し、 戦前、戦中、戦後の生活の貧しさを耐え忍び、希望を持ち続けただけでなく、一緒にいた人々にも希望を与えるように努めました。どうやってこれができたのであろうか。 聖座の文書に答えがあります。その中に記されているチマッティ神父の手紙のいくつかのことばを紹介しましょう。
 「日本に生活をしますと、一番恐ろしいのは、辛いことの前の落胆することです。落胆に流されないために、謙虚になって、神に信頼を置き、祈りに助けを求めることです」。 「私は神のみ名によっていつも前進しようとし、神への信頼はあらゆる問題を解決するために助けとなります」。
 「困難は生活の状況や悪い人から来ますが、悪い人も、落ち着いて相手にすれば、立ち直ることができると私は信じます」。
 やはりチマッティ神父は真のサレジオ会員として、自分の生活においてドン・ボスコと聖フランシスコ・サレジオを立派に模倣しました。

                                                      チマッティ資料館  マルシリオ神父
                                                     2020年6月1日



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