現代の私たちは「予防医学」をよく聞くが、「予防教育」はあまり聞かない。それを聞いて、生徒を悪い影響から守るような、または温室育ちのような消極的な教育を連想する人がいるであろう。ところが、広辞苑で「予防」を引いてみるとまず例として「予防医学」が挙げられ、「個人もしくは集団を対象として、健康保持、疾病予防の方策を研究、実践する医学の一分野←→治療医学」と説明されている。「治療医学」が病気を治すのに、「予防医学」は「健康保持の方策の研究と実践」を第一の目的とする。ここで言う「予防」とは、積極的な意味があるのである。「後始末」をするのではなく、「前始末!」をするのである。運動不足、薬浸け、人工食品に侵されている現代人には、予防医学が必要である。

 ドン・ボスコが唱えた「予防教育」は同じような意味である。悪い影響から若者を守る必要があることを彼も十分に承知しているが、人間作りにはそれだけでは足りない。1841年、神父になったばかりのドン・ボスコはトリノの刑務所や「Generala」という感化院を訪ね、収容されている若者の哀れな状態を見た。そこから「予防教育」の必要性を感じたであろう。1854年、ラタッツィ内務大臣と会談した時、「予防教育」についてはっきりした意見を述べた。国の施設の「治療教育」に対して、ドン・ボスコは「予防教育」を提唱した。若者が問題を起こしてからは、遅すぎる、と。経験が示すように、不良少年を更生させるのは大変な骨おりだ、と。

 ドン・ボスコは「Generala」すばらしい実績を上げたが、限界も感じた。この苦労を避けるために前もって青少年を健全に育てるべきである。
 予防医学と予防教育