トリノのドン・ボスコの最初の事業は「オラトリオ」と呼ばれる。はじめは教会学校のようなものだったが、次第に寮も全日制学校も加わり、総合的な教育事業となった。オラトリオという語は、ラテン語の「Orare
祈ること」から来るが、実際は、祈りの場だけでなく、クリエ−ション、勉学やあらゆる教育活動の場であった。
1884年5月10日、ドン・ボスコは仕事のために1ヶ月以上ロ−マに滞在したが、忙しい中でも夢の中で生徒たちを見ていた。その夢には現実性と教訓とがあり、記録すべきだと考えたが、目を患っていたため秘書にそれを書かせ、その内容を確認してからサインを添えた。この手紙はトリノで先生や生徒の前で読まれた。皆に深い感銘を与えた。それが「ローマからの手紙」である。
この手紙は、分かりやすく「ASSISTENZA = 生徒と共にいること」と「愛情」の関係を説明し、ドン・ボスコの教育法の神髄と魂を明かしている。ドン・ボスコが言いたいのは、人間関係がない所に教育がない、ということである。
これこそ、今、日本の学校での基本的な問題である。学校では、学級担任や部活顧問は一番教育的な立場に置かれているが、雑務のため生徒と付き合えないことがある。もし彼らがアッシステンツァの意味が分かれは、教育の多くの問題が解決される。ドン・ボスコはあまり大規模な学校を好まない。その場合、個人的な付き合いができるように、学校を幾つかの機能的な単位にわけるしかないであろう。
ヨハネ・ボスコ神父−オラトリオの状態についてのロ−マからの手紙