「聖フランシスコ・サレジオ会の会憲」 (抜粋)


 予防教育法を理解するために、サレジオ会の『会憲』の一部を紹介しよう。『会憲』とは、修道会の憲法にあたる。それは内部文書であり、原則として部外者の手に入らない。ここでは、サレジオ会の教育理念を表す幾つかの個条を紹介しよう。現在の『会憲』は、第2バチカン公会議の規定により改訂されたものである。その中に、修道会の目的、組織、霊性が示されている。

第 1条  本会の創立と歴史における神のみわざ

@ わたしたちは、聖フランシスコ・サレジオ会が人間的な計画のみによってではなく、神の創意によって誕生したことを、謙虚に、感謝の念をこめて信じる。「人類社会の最も繊細で、最も貴重な層」をなす青少年の救いに貢献させるため、聖霊はマリアの母としての働きかけをとおして聖ヨハネ・ボスコを起こされた。

A 聖霊は、余すところなく献身する父と教師の心をドン・ボスコに授けられた。「わたしは、息をひきとる最期の時まで、わたしの貧しい青少年のために尽くすことを神に約束した」

B 聖霊は、この使命を末永く時代を通じて継続させるため、聖ヨハネ・ボスコを導いて種々の使徒的団体の創立を計られたが、そのなかの第一のものが本会である。

C 教会は、特に会憲を認可し、創立者を列聖することによって、本会の創立が神のみわざであることを認めた。

D このように、ともにいて働きかけてくださる聖霊から、わたしたちは忠実の原動力と、希望の支えをくみとる。

第 6条  教会と本会

@ サレジオ会への召命は、私たちを教会の中心部に据え、教会の使命に全面的に奉仕させる。

A わたしたちは、ドン・ボスコから受けついだ目標に忠実に従い、青少年、とりわけ、より貧しい青少年を福音化し、使徒的召命を特別に配慮し、特に広報を利用して庶民環境の中で信仰の教育者となり、福音を知らない国民に福音をつげる。

B こうして、教会がわたしたちをとおしても、「救いの普遍的秘跡」として世に現れるよう、キリストのからだである教会の建設に協力する。



第11条  わたしたちの精神の源泉 − 福音のキリスト

@ サレジオ会精神は、御父の使徒であるキリストのこころを模範とし、源泉とする。

A 福音を読むとき、私たちは主の姿のある面に強くひかれる。それは、すべての人を招いておられる御父への感謝の念、小さい者と貧しい者に注がれる優先的な愛、み国の到来に備えて宣教し、いやし、救おうとする緊迫感、柔和と献身によって心を捕らえようとする善き牧者の態度、弟子たちを兄弟の交わりの中に一つに集めようとする熱意である。


第14条  青少年を優先する愛

@ わたしたちの召命は、青少年を優先する愛という神の特別な賜物を特徴とする。「君たちが若者だというだけで、わたしは君たちを熱愛する」。牧者の愛の表現であるこの愛情が、わたしたちの生活全体を意味づける。

A 青少年のため、わたしたちは時間、才能、健康を惜しみなく提供する。「わたしは君たちのために学び、君たちのために働き、君たちのために生き、君たちのために命さえ捨てる覚悟がある」



第20条  予防教育法とサレジオ会精神

@ ドン・ボスコは、師と仰ぐマリアに導かれ、初期オラトリオの青少年との接触の中で、「予防教育法」と彼が名づけた霊性と教育の体験を生きた。それは、彼にとって、神の愛からくみとった無償の献身的な愛であった。神は摂理によってすべての人を前もって配慮し、ともにいることによって付きそい、ご自分の命を与えてお救いになるのである。

A ドン・ボスコは、青少年とともに青少年をとおして福音を伝え、彼らを救う生き方および働き方として、この教育法をわたしたちに伝えている。この方法は、慕われる愛の実践をとおして、わたしたちと神との関係、人びとの関係、共同体の生活のすべてに影響を及ぼすものである。


第21条  わたしたちの模範ドン・ボスコ

@ 主は、ドン・ボスコを、父ならびに師としてわたしたちにあたえてくださった。

A わたしたちはドン・ボスコにみられる自然と恩恵のみごな調和に感嘆しながら彼を研究し、模倣する。人間味豊かなかれは、自国民の特性を豊かに身につけ、地上の現実に心を開いていた。また、真に神の人であった彼は、聖霊の賜物に満たされており、「見えないものを見ているかのように」して生きていた。

B この二つの要素は、青少年への奉仕という強力にまとまった生活設計の中で融合していた。ドン・ボスコは障害や労苦に見舞われても、断固とした忍耐強さと、敏感で寛大な心をもってこの計画を達成した。「彼は青少年の救いをめざす以外には、一歩も動かず、一言も発せず、どんな企てにも着手しなかった。…彼の心には霊魂のことしかなかった」


第38条  わたしたちの使命と予防教育法

@ わたしたちの教育・司牧奉仕を遂行するため、ドン・ボスコはわたしたちに「予防教育法」を伝えた。

A 「この教育法はすべて、道理・信仰・愛にもとづいている」。それは強制するのではなく、めいめいの中に深く秘められている能力、すなわち、知性・こころ・神へのあこがれに訴えるものである。

B この教育法は、信頼と対話と家庭の雰囲気の中で、教育者と青少年を同じ生活体験をとおして一つに結ぶ。

C 私たちは神の忍耐にならい、青少年が達している自由の程度に合わせて彼らと付き合う。彼らの自覚が成熟し、強まるよう、また、人間性と信仰の微妙な成長過程において段階的に責任を負っていくことができるよう、彼らとともに歩む。


第39条  わたしたちの基本的姿勢と方法 − アシステンツァ

@ 予防教育法の実践にさいしては、青少年に好意をもち、彼らと接触しようとする基本的な姿勢が要求される。「君たちのなかにいるのは楽しい。君たちといっしょにいること、これがわたしの人生だ」 

A 私たちは兄弟として青少年の間に入り、友人として積極的に彼らとともに生きる。こうして、彼らが良き人間に成長するよう、彼らのあらゆる創意を快く認め、悪が彼らの弱みにつけこんで支配力を振るわないよう、あらゆる隷属状態からの離脱を勧め、励ます。B 青少年とともにいることによってわたしたちは、青少年の世界についての生きた知識を獲得し、彼らの活力が及ぶすべての健全な面で、彼らと連帯して歩むようになる。