教皇ヨハネ・パウロ2世と聖骸布


教皇ヨハネ・パウロ2世が神に召されたことの反響は全世界に及んでいます。人間としても、信仰者としても、また指導者としても素晴らしい手本を残してくださった方でした。ここでは、一般にあまり知られていないヨハネ・パウロ2世と聖骸布との関係を紹介したいと思います。

1978年8月26日 トリノで45年ぶりに聖骸布が公開されたときと同じ日に、教皇ヨハネ・パウロ1世が選出された。その選挙にはクラコフの大司教カロル・ヴォイティワ枢機卿も参加していた。同枢機卿は、9月1日にトリノを訪れ、初めて聖骸布の前で祈った。枢機卿は、以前から本を通して聖骸布を知っており、尊敬していたのであった。
1978年9月29日 教皇ヨハネ・パウロ1世はわずか33日間即位した後、神に召された。
1978年10月14日 カロル・ヴォイティワ枢機卿は新教皇を選出する会議に参加し、16日に教皇ヨハネ・パウロ2世として選ばれ、世界にその姿を現した。聖骸布の一般公開は8日には既に終了しており、公開に続いて行われた科学調査も13日に終了していた。
1980年4月13日 ヨハネ・パウロ2世は、初めて教皇としてトリノを訪れた。そして、個人的に聖骸布をご覧になり、「学者たちによれば、聖骸布はキリストの過ぎ越し、ご受難、ご死去、ご復活の、非常にユニークな証人であり、沈黙のうちに多くのことを語る証人でもあります」と述べられた。
1981年5月13日 ヨハネ・パウロ2世は、聖骸布の科学的調査の結果を受け取るはずだったその日に狙撃されてしまった。調査の結果は聖骸布の信憑性にとても有利な結果であった。
1983年10月18日 聖骸布の所有者であったイタリアの最後の王ウンベルト2世は、遺言で聖骸布をバチカンに寄贈した。それを受け取ったのはヨハネ・パウロ2世だった。なお、聖骸布は遺言者の望みどおりトリノに残されることになった。
1988年 聖骸布の炭素14による年代測定テストを許可した。同年10月13日トリノでその結果が発表されたが、「聖骸布は中世のものである」という結果であった。それに対しては次々と反論が出されており、テストの有効性は事実上受け入れられなかった。そのため、聖骸布の最初の写真撮影100周年記念にあたる1998年と救いの大聖年とされた2000年の2回にわたって、教皇は聖骸布の一般公開を許可した。
1997年4月11日 この日の夜、不幸なことに、修復中であった聖骸布のチャペルの中で火災が発生し、建物が大損害を受けた。しかし聖骸布は無事であった。
1998年5月24日 火災があったにもかかわらず、聖骸布の公開が実施された。ヨハネ・パウロ2世は再びトリノを訪れ、聖骸布の前で祈った。そのとき素晴らしい話を残された。以下はその抜粋である。
 
この貴重な布は、私たちにとって、神の子の愛の神秘を理解するための助けとなります。私は、このユニークな贈り物を与えてくださった神様に感謝いたします。この布は、言い表せない苦しみの姿でもあり、信仰者にとっては愛と主に従う心を求めているものであります。
1. 聖骸布は人間の知性への挑戦です。
  人間一人一人(特に研究者)が、聖骸布の理性や人生への深いメッセージを謙虚に受け入れるためには、相当の努力を要します。聖骸布から生ずる神秘的な魅力は、私たちにこの尊い布の歴史や、キリストとの関係を問いかけます。これは信仰の問題ではありませんので、教会としてはこの問いに答える立場にありません。この布が救い主のご遺体を包んだのかという問題を解明することは、学者に委ねられている課題です。教会が望んでいるのは、特定の先入観なしに聖骸布の研究に取り組む姿勢です。真の自由を保ち、科学的研究法を注意深く適用し、信仰者の気持ちを尊重しながら研究するべき課題なのです。
2. 聖骸布は福音書の鏡です。
  この尊い布を考察する際には、四福音書で述べているイエスのご受難やご死去に深い関係があることを無視してはなりません(略)。
3. 聖骸布は人間の苦しみのイメージです。
  目先の利益や技術の進歩のみにとらわれている現代の人々には、このイメージは、多くの兄弟たちの苦しみの神秘やその原因を思い出させ、それについて考えさせるものになるでしょう。(略)
4. 聖骸布は、神の愛と、人間の罪のイメージです。
  これは、私たちの救いの主であるイエス様の死の最終的な原因は何であったのかを再発見するための手がかりになります。(略)
5. 聖骸布は、限界を示すイメージです。
  この布は、人間となられた神の子の最後の結果が死であったことを示すものである。同時に、この布は、死ですべてが終わるのではないということも示しています。(略)
6. 聖骸布は、沈黙のイメージです。
  人は死の沈黙により、人として何かを語ることはできなくなりますが、沈黙の中から真理や命が生まれてくるということを示しています。(略)

長い教会の歴史の中では、数多くの教皇が聖骸布に関わられてきましたが、ヨハネ・パウロ2世ほど聖骸布を尊敬し、いろいろな形で関わられた教皇は他にはいらっしゃいませんでした。

全教会や他の人々と同じように、日本の聖骸布研究会も、ヨハネ・パウロ2世を与えてくださった神様に感謝し、ご冥福をお祈りいたします。

平成17年4月7日
ガエタノ・コンプリ神父