オヴィエドのスダリオ

10-1 聖書の中のスダリオ


 以上は聖骸布についての話であるが、ヨハネによる福音書20章には、「イエスの頭の上にあったスダリオ」についての話もある。それは、今、スペインのオヴィエドに保存されていて、杉綾織りではなく、普通の織り方の84cm×53cmだけの布である。何に使われたか分かるためにそれを見るしかなく、表と裏面のシミの濃さが違う。


 以前、亡くなったイエスの口を閉めるために顎の下から頭の上に結ばれたと言われたが、血と黄色っぽい液体のシミを医師が見れば、十字架から下ろされたイエスの肺に溜まった肺水が、その遺体を横にした時、口と鼻から逆流したものだと言う。その液体を吸収するために何重にも折った手拭いが口と鼻に当てられた。その後、片手で口と鼻を、片手で頭を下から支えながら遺体を墓に運んだ。着いてから要らなくなったその布を丸めて別な所に置いて、準備した亜麻布に遺体を包んだ。日曜日の朝、ペトロとヨハネが墓を訪れた時、亜麻布がしぼんでいたが、スダリオは元のところにそのままになっていた。これらの布の状態から、ヨハネは復活のことを悟った。彼は、直接の目撃者であったのである。

10-2 スダリオの歴史


 聖骸布は保存されたが、同じ理由でスダリオも保存されたはずであるが、聖骸布と違って、次の通りその歴史がはっきりしていいる。
 

10-3 スダリオと聖骸布


 スダリオがスペインに着いた頃、サラゴーザの司教聖ブラウリオ(590頃–651年)は、そのことを聞いて、「福音書には主のご遺体を包んだ亜麻布やスダリオが見つかったと記されているが、保存されたことは記されていない。でも、使徒たちが後世のためにそれらを保存することを怠ったとは、私にはとても思えない」と書いた。すなわち、不明になっていた聖骸布も保存されているはずだ、と判断した。
 今、私たちは両方とも手に持っていて、昔から、それらはイエスの葬りの布であると信じられてきた。一般から見て、経済的にも美術的にも価値のない血だらけの布である。処分したくなるであろう。もしだれかが偽造したものだと思ったら、きっとよりましな物にしたはずだと思う。
 では、なぜ保存されたのであろうか。
 それは、イエスの血とその姿が焼き付いていて、受難と復活の証拠になると思われたからである。トリノの聖骸布について言えば、最初の1000年の歴史は不明であるが、聖書が語るイエスの受難を正確に記録していて、現代の科学技術でも作れないものである。2000年の間に無事に現代まで保存できたことは、驚きである。オヴィエドのスダリオについていえば、その存在を知っている人は少なく、科学研究もより遅く始まったが、歴史ははっきりしていて、血液型も同じAB型、しかも、その上に聖地の花粉も着いている。

10-4 もう一つの驚くべき一致


 しかし、一番不思議なのは、両方とも、人の後頭部の茨の冠の跡が写っていること、しかも、それが一致していることである。
 なぜ、3000キロも離れていて歴史も違うのに、処刑された人の茨の冠の形が一致しているのであろうか。これは絶対に偶然ではない。これ以上の証拠が必要のであろうか。21世紀の私たちは、イエスの受難の物的証拠を手にしていると言える。


 信仰には聖骸布などはいらない。聖書で十分である。しかし、もし本物であるなら、神の大きな恵みである。信仰のない人にとっては、これらの布の存在は不都合であろう。教皇ヨハネパウロ2世が言ったように「聖骸布は人間の理性への挑戦である」。