尊者チマッティ神父は「義人」であったでしょうか




チマッティ神父




 福音書では「義人」と言われる何人かの人がいます。たとえばマリアの夫ヨセフ、聖母マリアの親戚であったエリザベトとその夫ゼカリアなどです。
 聖人とは正しい人、正義を守る人のことです。福音書の教えによると、義人とは神と他の人に与えるべきものを与える人のことです。 正義とは宗教の務めと社会生活の務めを含む徳です。 チマッティ神父はこの二つのことをどのように実行したのでしょうか。
 彼の列福列聖のためにバチカンに出された文書からいくつの点を選び出して、ここで紹介してみます。


  神を愛し、人を大事にし、これに徹するほかに何も求めませんでした


 チマッティ神父は生涯ずっと、神を愛し、人を大事にし、これに徹するほかに何も求めていませんでした。 どこで働くとしても、まず神に家を建て、その家の尊厳を重んじていました。 教会の典礼暦年に従って行われる儀式の美化に、多くのメロディー豊かな自分の作曲をもってずっと貢献しました。 さらに、毎日、司祭として、教会の規定に従って司祭の祈りを怠ることなく、できる限り聖堂で跪きながら唱えていました。 毎年、数回にわたって、黙想会の指導を引き受けていたにもかかわらず、自分の黙想会にあずかる務めから免除してもらうことはありませんでした。 自分は不適任者だと思っていたのですが、教会と社会で地位ある身分の人に対して、いかなる時にも、誠実で心からの尊敬と愛情を示していました。 彼にとって、司教のことばは真に神の言葉かのようでした。


  彼に対して不満を抱いた者はいませんでした


 そして修道者としてずっと共同生活を送ったチマッティ神父は人に対していつも正しい態度を取ったのでしょうか。
 長年、長上職の責任を担いましたが、通常すべてにおいて寛大で、目下が受けるべきものを受けるよう配慮しました。彼に対して不満を抱いた者はいませんでした。  一番弱い人を優先していたのは確かですが、えこひいきをすることはありませんでした。 たとえ、賢明さからすべてを言うべきでないことを心得ていたにしても、決して真実を曲げたりなどしませんでした。 彼は悪口や何の益するところのない批判を憎み、そうするものに対して強いことばを用いるのを恐れませんでした。
 だから、無条件に皆から信頼を得ていました。


  恩人に対する彼の配慮は大いなるものでした


 チマッティ神父は日本で過ごした40年間、貧しい時代であったので、恩人の寄付で生活をしました。
 寄付に対する彼の配慮は大いなるもので、寄贈者の意向をいつも尊重するよう努めていました。 恩人たちに対して、いつも感謝の心を養い、必ず感謝状を贈るのを忘れないようにしていました。
 最後に2年半、寝たきりになっても、チマッティ神父は恩人に手紙を出していました。 恩人から受けたものを最大限に大切にしようとしながら、日々の祈りにおいて、いつも彼らのことを思い出していました。
 このように正しい生活を送ったチマッティ神父を見習いたいものです。

                                                    チマッティ資料館  マルシリオ神父
                                                     2020年8月1日



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